ヴァイナルを買うという生き方

そういや私レコード買うようになってからどれくらいだろうと思って計算してみたら、もう四半世紀経っていた。前世紀から続いていることは知っていたが「世紀」という言葉がこんなかたちでも絡んでくるようになったとはね。

読書の次に長く続いている趣味だろう。食べるのが趣味になったのはもっとあと。しかし読書はもはや趣味であるという以前に仕事の一部なんので、純粋な趣味としてはレコード収集が最長の趣味だということになる。ちなみにサブスクリプション時代の到来とともにCDは買わなくなった。記憶違いでなければ2012年がCDを買った最後の年なので、それからもう10年が経ったことになる。

サブスクリプション時代になってCDを買わなくなったのにレコードを買うのはどうしてなのか。たぶん理由はふたつある。

第一に、レコードに針を落として聴くのがとにかく好きでそれをやると気分が良くなるから。これは音質へのこだわりというのとはちょっと違う。たとえCD・ネット配信・レコードのいずれの場合でも音質が変わらないのだとしても私はレコードで音楽を聴くことを好む。それは錯覚であり単なる気分だろうという指摘は正しい。正しいが、ポイントを外している。こっちは気分が良くなりたいのであって、スピーカーが揺らす空気を正確に知覚して評価したいわけではない。

第二に、フィジカルコピーを持っていたいからだ。それならCDでもいいはずなのに、レコードを買って、それが格好いいと思っているのか。このツッコミを否定することはできない(だってジャケットがでかいほうがどう考えてもいいじゃないですか)。しかしそれだけではない。CDは小さすぎて、私には管理できないのである。レコードの場合、かけた盤とそのジャケットをそのままにしておくとあっという間に部屋のスペースがなくなるので、混沌が訪れる前に片付けの機運が高まる。CDの場合には、片付けなければいけないと感じるようになった頃には(私には)もはや手遅れの状態になっている。山高く積まれたディスクをそれぞれ対応するケースに入れ、そのケースをさらに棚に収めることは、私にとって苦痛でしかなかった。この苦痛を回避しながら音盤を所有するためには、プラスティックではなくヴァイナルの方がはるかに都合がいい。iTunesの時代が去りデータを音盤から吸い出す必要がなくなれば、私の生活にCDが入り込む余地はほとんどない。